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見出し航海日誌

No.5


2009.7.10 横浜市・中華街

1854年の日米和親条約,1858年の日米修好通商条約を経
て,1859年7月に横浜が開港した。今年は開港150年とい
うことで中華街もにぎわっている。横浜中華街は1955年
頃から発展をはじめ,現在は500店以上のお店がエリア内
にあり,中区の中国人人口は6000人を越えている。

(MINOLTA HIMATIC S2 38mmF2.8 1981年製
2009.6.16 名古屋市・名古屋駅

JRセントラルタワーズ51階からの眺めと西口駅前からの
タワー。モード学園も小さく見える。

(MINOLTA HIMATIC S2 38mmF2.8 1981年製)
2009.6.15 岐阜市・岐阜羽島駅

岐阜羽島駅前に立つ「大野伴睦像」。かつて東海道新幹線建設の際,国鉄の計画では岐阜市を通らないルートが設定されていた。これに反対した地元を説得するため斡旋を依頼された大野が誘致した「政治駅」として話題になった。義理と人情に厚い政治家として知られ,官僚上がりの佐藤栄作とは終始そりが合わなかった。駅を指さし「これはわしが作った駅なんや」と自慢するその像の大きさに驚く。

また,羽島市は江戸時代の彫刻家円空の生まれたところとされている。やはり駅前に大きな一刀彫のモニュメントが建つ。生涯で12万体の仏像を彫ったとされているが63年の生涯とすると,毎日かかさず5体以上を彫り続けた計算になるのだが。。

(MINOLTA HIMATIC S2 38mmF2.8 1981年製)
2009.6.11 掛川市・加茂花菖蒲園

加茂荘は江戸中期の安永6(1773)に建築された庄屋屋敷である。江戸時代のままの屋敷・蔵・長屋門が残されており,この屋敷の持ち主が等一級の地主であったことが窺える。隣接する花菖蒲園は,1,500品種,100万株の花菖蒲が5月下旬から6月中旬まで咲き続ける日本有数の菖蒲園である。シーズン中には多くの観光客が訪れる。

掛川市・掛川城
掛川城天守閣は江戸末期の大地震で崩落し,その後再建されないまま,140年を経て平成6年に復元された。秀吉によって送り込まれた第6代城主・山内一豊が改築と共に天守閣を作り,東からの敵を守る防御の拠点である一方「東海の名城」とその天守閣の美しさを謳われている。掛川城御殿は二条城などと共に全国に4箇所しかない貴重な城内御殿である。
一豊の一大事に,持参金を指し出し名馬を買わせ,その出世を手助けしたというお千代のエピソードは,内助の功を語る美しい逸話として知られている。名馬を入れて記念撮影をする現代の夫婦は,どちらも気まずそう。

再び掛川駅
二宮金次郎の銅像の向こうには予備校がある。かばんを背負って塾に通う子どもに見えなくもない。

(ニコマートEL NIKKOR−Ai 35-105mmF3.5 1972年製)
2009.6.1 「私の名前教えてください?」
蘭は世界中に分布し,野生種だけでも大きく分けて750属4万種あると言われている。人工交配による品種は8万から10万種近くあり,日常目にするものはその一部でしかない。ラン科シンビジウム(Cymbidium)属のシンビジウムは古代ギリシャ語で「舟」を表す。また,洋ランとは「西洋で産まれた」ではなく「西洋から渡ってきた」という意味である。5年ぶりに咲いたこの花もシンビジウムには違いないが,名前がどうしても分からない。(ニコマートEL 1972年製)
2009.3.14 函南−三島,横浜,門司

3月14日のダイヤ改正で,寝台特急富士・はやぶさが廃止となった。13日の東京駅には3000人が詰めかけ,それぞれの想いでラストランを見送った。高度成長の中で主役だった夜行列車も新幹線の整備とともにその役を徐々に減らしついに東京駅を発着する九州行きの夜行列車が消えた。数日前,取り壊されかかった東京中央郵便局が鳩山総務相の一言で局舎の3割を残すと日本郵政が計画の見直しを発表したが,動く文化財に関して国交相は無関心のようだ。

1965年に江戸川乱歩賞を受賞した西村京太郎が1978年に著した鉄道ミステリー第一弾「寝台特急殺人事件」は「はやぶさ」が舞台となっている。「富士」と「はやぶさ」の列車によるトリックは時刻表に沿ったリアルなものでそこに現役の運輸大臣の殺人を絡ませた第一級の推理小説である。廃止前の「富士」と「はやぶさ」は門司で切り離される一つの列車となり,そのトリックも使えなくなった。当時はブルートレインブームで,写真を撮る子どもたちの姿が駅のあちこちで見られたが,その夢も徐々に消えている。

(ニコマートEL NIKKOR−Ai 35-105mmF3.5 1972年製)
2008.11.24 掛川市・掛川駅

報徳思想の中心地掛川市には大日本報徳社の本社がある。中心地のシンボルとして掛川駅前には二宮金次郎像があった。かつて世の中が国家総動員体制に向かって進んだ時代,金次郎の勤勉・倹約がクローズアップされ,それを促進するため象徴化されることで国策に利用される形で銅像が無数に建てられたこともあった。経済と道徳の融和を唱え,道心に添った生き方によって人は物質的にも精神的にも豊かに生きることができると教えた金次郎だが,今またその「豊かに生きる知恵」に再注目してはどうだろうか。
(ニコマートEL NIKKOR−Ai 35-105mmF3.5 1972年製)
2008.11.13 岡山市・京橋町,中納言,東山

東山には岡山孤児院の流れを汲む児童養護施設・新天地育児院があり,その一角に唯一岡山孤児院の遺構となった建物が石井十次記念館として残されている。

かつて孤児院の施設や小学校などがあった門田屋敷には流れを汲む岡山博愛会病院があり,その前には石井十次の銅像が立っている。近くに岡山孤児院を始めたとき本堂を借用した三友寺があり,戦災を免れた山門が残る。

安政3(1856)年創業の廣榮堂本店の前を岡山電鉄のレトロな路面電車が行き交う。岡山出身の内田百閧烽アこの串に指した吉備団子が大好きだったという。作品「夜明けの稲妻」にも登場する。ノボリには「日本一の吉備団子」。ここにも
日本一があった。明治21年頃,十次はこの京橋下に群れる物乞いの一団を目にして心を痛めた。二十数人の物乞いたちを三友寺に招き軒下を貸して文字を教えだした。これが「襤褸(ぼろ)軒の下学校」と呼ばれたものである。

(ニコマートEL NIKKOR−Ai 35-105mmF3.5 1972年製)
(ミノルタα-70 AF24‐85mm F3.5‐4.5 2004年製)




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